Linkin Parkの故Chesterの家族そしてGrey DazeがChesterについての思い出を語る。
January 17, 2020
2017年に他界したLinkin ParkのヴォーカリストChester BenningtonがLinkin Park加入前に活動したポストグランジロックGrey Dazeが新アルバムを発表する事を受け、Chesterの母親Susan Eubanksさん、息子Jaime Bennington、そしてChesterのバンドメイトであったGrey Dazeメンバーが揃ってChesterとの思い出を公表。
Chesterは生まれ育った米アリゾナ州にてGrey Dazeを結成しデモを含めた三作を発表。しかし1998年に脱退、新しいバンドを求めてLAに渡り音楽関係者の計らいによりLinkin Park(当時はXero)と引き合わされオーディションを経てLinkin Parkとして活躍。
ChesterとGrey Dazeメンバーはその後も連絡を取り合っており、2017年Chesterが他界する数ヶ月前にGrey Dazeの再結成を発表し新しいアルバムの制作と再結成ライブをその年の11月に行う事も発表。バンドが90年代に発表した楽曲を再レコーディングする形で制作は2017年初頭から始まっていました。残念ながら再結成ライブが行われる事はありませんでしたが、Grey DazeメンバーはChesterと計画していた新アルバムの制作をChesterの家族の了承を得た上で続行。Chesterのヴォーカルは生前レコーディングされたボイスを使用し、楽器隊も全て新しくレコーディングした事を説明。
こちら再レコーディングした曲What's In The Eye: https://youtu.be/5EzuNdQ6WB8
Chesterの母親Susan Eubanksさん:
「Chesterは子供の頃から自分はロックスターになると言っていました。彼は早い時期から音楽を知り、二歳の時には映画GreaseでOlivia Newton-Johnが唄っていた曲を熱唱していました。彼は常に音楽と共に人生を歩んでいました。彼はいつだってバンドの音楽を聴いて、13歳になると彼はバンドのヴォーカリストになると私に言ってきました。それからの彼は地元のバンドのオーディションを受け友人達とバンドを組んだり、その年齢の男の子が夢みるロックスターに向かって一生懸命活動していました。そんなバンド活動に精を出すChesterを私は勉強も頑張って欲しいと思いつつも励ましていました。
彼が15歳の時、彼は年上の友人Sean Dowdellを家に初めて連れてきました。今では笑ってしまう話だけど、Seanは当時17歳ぐらいだった、でもChesterと一緒に来たSeanを見た時は大分年の離れた友人だと思ってしまったのね。
Seanは当時バンドを始めようとしていてヴォーカルを探しており、Chesterが適任と話してくれた。そのバンドはGrey Dazeとなり活動を開始しました。どの親でも思う事でしょうけど、私もChesterがバンド活動としてクラブ等に出入りする事に関して少し気がかりでした。しかし、SeanがChesterに対して単にバンドメイトとして接するのではなく、良き兄の様な感じでChesterを守ってあげている姿勢に私は安心しバンド活動を応援しました。あれから25年、Seanは私達の家族の一員のような人になりました。
Chesterが他界した事は私達家族に大きく影響しました。今でも悲しみに暮れる事もあります。でもそういった時はChesterが残してくれた楽しい思い出を思うようにしているんです。勿論彼が残した素晴らしい音楽も多くの人々を救ってきました。そして私達家族はSeanとGrey Dazeメンバー達にChesterと一緒に作っていた新アルバムの制作を宜しくお願いします、と彼等の活動を了承しました。了承した一年後Seanは私達を訪れバンドメンバー達が作って来たアルバムを第一に私に聞かせてくれました。Chesterの唄が耳に入ってくると、私の中にまだ若かったChesterとSeanの姿が浮かぶのです。Chesterのファンに新しい音楽をと働き掛けてくれたSeanとGrey Dazeメンバーに私は感謝しています。」
Chesterの息子Jaime Bennington:
「正直に言うと、Grey Dazeが再結成した事を僕は知らなかったんだ。僕の父(Chester)はプロジェクトの制作が終了するまで秘密にしている人だった。だから父がSean DowdellとMace BeyersのGrey Dazeメンバーと会ってレコーディングしている事も知らなかった。ただ父がアーティストとして初心に帰ってやってみようと頑張っていた事は知っていた。Linkin Parkにて成功を収めた人が考える様な事でもなかったが、父はいつだって慢心せず全力で活動していた。現代で最も人々の心に響き(アメーバの様な)感染能力のヴォーカルを持つアーティストであった。
父が他界して二年、Seanから連絡があり父が生前秘密に作っていたアルバムの制作に参加してみないか?と誘われた時は驚いたよ。Seanは僕にバックヴォーカルパートをNRGスタジオ(Linkin Parkがバンドとして初めてレコーディングした場所)でレコーディングしないかと持ち掛けてきて僕は直ぐに了承したね。勿論OKしたよ、そして素晴らしい体験だった。僕は青年時代の父に会う事が出来たんだからね。昔の友人ともコンタクトを取る事が出来たし、Linkin Parkがスタートした場所に行く事が出来た。そして何よりも大事なのは父が生前最後に行っていたレコーディング作業に僕が関われた事だ。そしてバンドに色んな質問をぶつけてみた: リードヴォーカリストを失ったバンドが何故アルバムを制作しようと思ったのか、バンドは父の代役ヴォーカリストを入れる計画は無かった事を教えてくれた。そしてスタジオに入った時、僕はGrey Dazeメンバー達の魔法を見た。そう魔法だ。Sean Dowdell、Esjay Jones、Lucas D'Angeloは素晴らしいアーティスト達で少数ながら父の抜けた穴をキチンと埋めてアルバムを作り上げっていったんだ。素晴らしい体験だったよ。僕を参加させてくれてどうもありがとう、そして不可能を可能にしてアルバムを無事に制作終了おめでとうございます。」
Grey Daze:
「俺達が初めてChesterに出会ったのは彼が15歳の時で俺達は17歳だった。俺達は友人で、バンドメイトで、SeanはChesterと共にタトゥショップを経営するビジネスパートナーでもある。そんな俺達は良い事も悪い事も経験してきた。ChesterはGrey Dazeの核だ。そして彼の音楽に対する熱意、作詞の腕前、誠実な感情によって俺達は二枚のアルバムと一枚のデモを発表する事が出来た。このバンドでの活動はChesterが世界で通用するアーティストになる第一歩を踏み出した活動で俺達にとっての誇りでもあった。そんなGrey Dazeの再結成についてChesterと俺達はもう何年も前から話し合っていたんだ。しかし、日常の仕事に家族の事もあり俺達は現実に再結成するまでに2017年まで掛かってしまった。
再結成までの長い年月で俺達はより音楽の知識を深めた事で、俺達は既に発表している楽曲リストから選んで曲を90年代当時の思いを乗せて今の自分達の音楽技術で再レコーディングしようと決めた。2017年の2月、俺達はレコーディングを開始しその年の6月にChesterとSeanはバンドの再結成を公式に発表。また、その年の秋に再結成ライブを行う事も計画していた。全て順調に行く筈だった。残念ながら再結成ライブが行われる事は無かった。
Chesterの他界後、奥さんTalindaさん、Chesterの親御さんがアルバムの制作を続けて欲しいと了承してくれプロジェクトは再び動きだしたんだ。俺達はChesterが築いたレガシィを尊重し彼と一緒に作った音楽を大切にレコーディングしていった。俺達は生前Chesterが人々にGrey Dazeの音楽を聞かせたいという思いを果たしてあげたかった。そしてこのプロジェクトがキチンと運べるように俺達はWarner Bros.レコードの元CEOであり、Linkin Parkの最初の9年間を一緒に仕事していたTom Whalley氏にコンタクトをとった。同氏はChesterの事もよく知っており、このアルバムを是非彼のレーベルであるLoma Vistaレコードから出したいと言ってくれた。
プロデューサーJay Baumgardner (Bush、Sevendust、Papa Roach、Three Days Grace等手掛ける)とTomのサポートによってChesterのヴォーカルを崩さず再レコーディング出来た事は素晴らしい経験になった。そしてこれこそがChesterが望んでいたアルバムだった。彼はアルバムにフレッシュさ、と関連性を求めていた。Chesterの音楽を知っているもGrey Dazeは知らない、そんな人でも聞き込める作品をChesterは求めており、それこそGrey Dazeが目標としていた事だったのさ。
Chesterのファンや世界中の人々がこの新作を聴いてくれる日が待ち遠しいよ。Chesterと皆の為に俺達はこの作品を作りたかったんだ。Proud」
こちら声明文の記事:https://www.broadwayworld.com/bwwmusic/article/Grey-Daze-Release-Whats-In-The-Eye-20200116