SlipknotのEloy Casagrandeがバンド加入の経緯を説明。
5/11/2024
Slipknotに加入したドラムEloy CasagrandeがインタビューにてSlipknotへの加入、そしてこれまで在籍したSepulturaの脱退経緯等を説明しました。
33歳になるEloyはSepulturaに2011年から在籍し、アルバムThe Mediator Between Head And Hands Must Be The Heart (2013)、Machine Messiah (2017)、Quadra (2020)の制作に参加。昨年末、Sepulturaは結成40周年を記念する最終ワールドツアーを2024年に行う事を発表。ワールドツアーの初日となる3月1日のブラジルBelo Horizonte公演から約一か月前となる2月6日にバンドはEloyから他のプロジェクトの為に脱退する事を伝えられた事を後日発表しました。SepulturaはSuicidal Tendenciesにて活躍していたドラムGreyson Nekrutmanを加入させてワールドツアーを開始。Greysonが抜けたSuicidal TendenciesはSlipknotを脱退したJay Weinbergを加入させました。そしてSlipknotはカリフォルニア州でのPappy + Harriet公演とラスベガスのSick New Worldフェスの出演を経て正式にEloyをメンバーとして迎え入れた事を発表しました。
今回EloyはブラジルのVeja São Pauloのインタビューに応えました。EloyはSlipknotから受けたオファーについて:
「Slipknotからのドラマーとしてのオファーは昨年12月頃に彼等のマネージャーを通して来たんだ。まずオーディションを受けてみないかと打診された。僕は引き受けたよ。彼等はブラジルに居た僕にドラムをプレイする映像をレコーディングして送るように言ってきた。最初は3曲の課題曲の演奏だけだったんだけど、後日さらに3曲追加で頼まれた。そして今後アメリカに行く予定はないかと聞かれたから、年明けの1月に僕のインストプロジェクトCasagrande & Hanyszの為に渡米する予定であるとSlipknotに伝えたんだ。すると彼等は僕のフライトを変えてくれ、少し早くに米国に着くように手配してくれた。予定よりも早くに米国に着いた僕はカリフォルニア州Palm Springsに五日間滞在してバンドメンバーと出会い、リハーサルをしたんだ。それから彼等は更に僕の滞在を5日延ばす手配をしてくれ、バンドと一緒にレコーディングしないかと言ってきた。それもオーディションの一環だったと思うよ。彼等は僕の曲作りがどんなものかを見るために、新しいアイデアを僕に問いかけ僕の作曲センスを試したんだ。彼等はあらゆる面で僕を試してみたかったんだと思うよ。」
Palm Springにて行われたSlipknotのオーディションについては:
「最初Slipinotからは何をするのか説明は無かったんだ。全て何も見えない状態からのオーディションだった。最初に送られてきたのはNDA(秘密保持契約書)だったな、だから誰にも相談できなかった。僕は彼等のセットリストを覚え、心の準備をしていた。渡米の4日前に彼等は32曲のリストを送ってきた。僕が準備していた多くの曲はそのリストになかったので、それまでプレイした事のない曲の楽譜を探し始める事になったんだ。米国に到着後、Slipknotから新たなセットリストを渡されたよ。そのリストには僕がまだプレイしてない知らない曲もあったけど演奏しに行ったんだ。初日は、Slipknot全員が揃っており対面し緊張したよ、メンバーが目の前にいるのはとてもインパクトがあった。僕が10代の頃から聴いていたバンドだし、テレビでも見ていたバンドだったからね。ただ初日の僕のプレイは酷くて自分のパフォーマンスはダメダメだった。でも2日目からは持ち直してプレイ出来る様になっていったよ。Slipknotは毎日午前の時間帯に違うセットリストを演奏してた、自分の時間が確保出来たら直ぐに知らなかった曲を1、2曲覚える様にしていたね。オーディションは全体的にはとてもスムーズだったよ。Slipknotメンバー達から温かいサポートがあったしね。彼等は、僕が置かれている立場(Sepulturaとの板挟み)がストレスであることを理解していたので、僕にとても敬意を払ってくれ、いつでも冷静だった。そして彼等は僕の時間を尊重してくれた。彼等の一員となって数回のショーを終えた今、僕はずっとリラックスして快適に過ごせているよ。9人のミュージシャンが一緒に演奏するのはオーケストラの様で簡単ではないんだ。一人一人が違うやり方で演奏するので、僕もバンドのやり方を理解し、また彼等も僕のやり方を理解するのに少し時間がかかった。でも今では次の公演をとても楽しみにしている。」
Palm Springでのオーディション/レコーディング後、EloyはSlipknotから正式メンバーに加入出来たと知らせを受ける:
「Slipknotは9人のミュージシャンで構成され何層にもなっているから僕の加入にOKを出す前に全員の承認が必要だった。合格の確認を受けたのは2月5、6日だったと思うよ。」
なぜSepulturaの最終ツアーをやめてSlipknotのオーディションを受けようと思ったのか:
「Slipknotからオーディションの誘いを受けたのは、Sepulturaの最終ツアーが発表された後だった。オーディションを受けることになった大きな理由は、Sepulturaの解散だった。バンドはツアー後に解散することになっていたし、僕は33歳でドラムやツアーバンドをやめたくなかった。勿論Slipknotと話をして、彼等の今後のスケジュールや2つのバンド(SlipknotとSepultura)を両立させることは可能かどうか尋ねたけどSlipknotは残念だがそれは無理だと言った。だからSepulturaを脱退する事にしたのは僕の決断だったのさ。複雑だったよ。2月5か6日にSlipknotと契約を結んだ時にSepulturaに脱退する事を伝えた。その日にミーティングを開き、Sepulturaに状況を説明し僕個人の決断であると言ったんだ。」
Sepulturaについて:
「Sepulturaでの活動は僕にとって大きな学習経験だった。長い年月をかけ、3枚のスタジオアルバム、ライブアルバムそして作曲を沢山してきた。長い間、Sepulturaメンバーやクルーと一緒に旅をした経験は僕にとって本当に大きな愛情と感謝の気持ちでいっぱいだという事だ。彼等は20歳だった僕にチャンスをくれてドラマーとしての責任を任せてくれた。僕はいつだって彼等の為に準備してきた。そして彼等と活動しながら成長させて貰っていた。彼等とのツアー活動で70、80カ国を回り多くの文化に触れる事ができた。ツアーではモンゴル、キプロス、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、中国、ロシア、ウクライナも周ったな、Sepulturaは僕の人生で最も素晴らしい学校であったことは間違いないよ。」
Slipknotのプレイスタイルについて:
「曲のスピードからポーズ、水分補給のタイミングまで、準備万端だった。 興味深いのは、リハーサルはしたけどSlipknotの演奏中は自分達の好きなように変えられる自由があるということだ。バンドの演奏を妨げない限り、いつでも変更や即興ができる。そして音楽の自由は僕の音楽人生において常に優先してきた事なんだ。Sepulturaでは自由があったし、Slipknotでもまた自由がある。僕にとってSlipknotデビューとなった4月25日のPappy + Harriet公演は忘れもしないよ。あの日はとても緊張していた。幸運だったのは僕のワイフも一緒に居てくれた事だった。それでも緊張によってブラックアウトみたいになって上手くコミュニケーションもとれていなかった。Slipknotのツナギを着て、メイクアップし、マスクを被った時はとても感情的になったよ。小規模なライブだった。僕はいつも以上に張り切ってハードにプレイして10-15本のスティックは折ったんじゃないかな。アドレナリン、緊張感、そしてSlipknotにいることの幸せの為に一生懸命プレーした。実は皆には知られていない問題も起こっていたんだよ。14か15曲目に入った所でバスドラムのプロテクションが外れて接着剤が皮膚に付着してくっついてくるようになったんだ。僕は咄嗟に下の砂を掴んで接着剤に掛けて付くのを防げたのさ。デビューや大切なライブではこういう予期せぬ出来事もあるあるだよね。Andre MatosからSepulturaに入った時も色々起こったんだよ。」
新マスクについて:
「マスクを着けた時の最初の大きな変化は精神的なものだ。そこにあるのは別の人格だった。マスクには命がある。他の人がつけたら同じにはならない。Shawnと一緒にデザインを考えて作ったからSlipknotと僕の個性が融合しているんだ。上手く説明できないけど、あのマスクを被ると何か違う事が起こる気がするんだ。ドラム演奏時のフィジカルな面は落ち着いて出来ているよ。もちろんマスク内は熱いよ、それにすごく汗をかく。でも、呼吸をするスペースはちゃんとあるんだ。デビューライブの前に僕はアスリート用に作られた高所シュミレーション用のマスクでリハーサルをしていた。バルブがいくつかあり、鼻と口を覆って呼吸を制限するんだ。練習していたおかげで本番でも落ち着いて演奏できたよ。」
SepulturaとSlipknotがメタルに与えた影響について:
「この2つのバンドがいないメタル全体を想像するのは難しい。SlipknotはSepulturaから多大な影響を受けているし、彼等はインタビューでそのことを公然と語っているよ。オーディションを受けた時にShawnと話をする時間があったんだけど、彼が言うにはSlipknotのデビューセルフタイトル(1999)をリリースした時とIowa(2001)をリリースした時はSepulturaとは同じRoadrunnerレコードに在籍していたレーベルメイトだった事を話していた。そのころShawnはSepulturaのライブに出向いてセルフタイトルをSepulturaメンバーに手渡したそうなんだ。(因みにセルフタイトルとIowaをプロデュースしたRoss RobinsonはSepulturaのアルバムRootsをプロデュース)。だから2バンドには交流の歴史があるんだ。過去に一緒にショーをやったことがあるし(古くにはSlipknotの初ヘッドラインフェスTattoo The Earthで共演し、その後Knotfestや他のフェスでも一緒になりました)、将来的には一緒にやる事も可能だと思う。どちらのバンドが影響力があるかという質問は無意味だと思うよ。それぞれのミュージシャンやバンドが提供したものを利用し、シナリオを理解し、それぞれの歴史を尊重しなければならない。」
Sepulturaに加入したGreyson Nekrutmanについて:
「Sepulturaに加入した時に僕はGreysonにメッセージを送り、彼と話をし成功を祈ったよ。僕は1月に彼に会っていたんだ。そして僕の後任が彼だと知った時には彼に幸運を祈るメールを送った。そして彼もまた、僕がSlipknotへの加入が発表された時にメールをくれた。少なくともドラム界隈ではこのような結びつきがありとてもクールな事だと思っている。Sepulturaでの僕の前任であるJean Dolabellaも僕やGreysonの知り合いで皆仲が良いんだよ。Jayとも仲は良いよ。彼がブラジルにやって来た時僕等は一緒にランチをしたんだ。僕等はこのような友情を維持し、皆それぞれの幸運を祈っているのさ。」
Slipknotの今後について:
「Slipknotでの力関係がどうなっているのか、まだ理解しようとしているところで、レコードや新曲に関してどう動いているのかはまだあまりはっきりしていないんだ。いくつか新曲を一緒に書いたけど、当分の間はしまっておくんじゃないかな。12日にはWelcome To Rockvilleフェスに出演し、その後Sonic Temple Festival(19日)の出演が控えている。そこでの数日間、Slipknotメンバー達と音楽的なアイディアを交換する予定なんだ。今のところ、新曲をレコーディングしなければならないというプレッシャーはないと思う。でもいつになるかはわからないけどSlipknotは新アルバムを作りたいと思っていると思うよ。新譜がいつでるのかは僕にも分からないよ。ただ、今バンドは25周年を祝うことに集中しているんだ。」
Eloyのインタビュー: https://vejasp.abril.com.br/coluna/tudo-de-som/eloy-casagrande-slipknot-entrevista/
EloyのSlipknotデビューPappy + Harriet公演での映像: https://youtu.be/2py-1ZBSUFw?si=cKuMp2wFelYHac62